『夫が脳で倒れたら』外伝『一方、妻は松葉杖』1〜松葉杖のことのはじまり〜
拙著『夫が脳で倒れたら』(太田出版刊)のスピンオフ『一方、妻は松葉杖』を(笑)ブログ連載いたします。
『夫が脳で倒れたら』の中で少し触れた、妻も右足やられて頼みの綱が左足だけになっちゃった件。せっかく『夫が脳で倒れたら』が刊行となりましたので、賑やかしとでもいいましょうか。
夫が脳卒中の後遺症で右手右足をやられてから、仕事復帰のあたりまでのことを綴ったのが『夫が脳で倒れたら』。夫の退院後のまだふらふらな時期、よりによってなんと妻も片足をアキレス腱断裂いたしまして。一時期夫婦で合計足2本手3となりました。
アキレス腱断裂記はかつてブログでポチポチ綴ってはいたのですが、もういいかなと非公開にしておりました。『夫が脳で倒れたら』が出版となった今、ふと考えればあのブログはスピンオフ的エピソードといえなくもない! 加筆してまた出してみようかなと思った次第。
そんなエッセイです。文中の〝トドロッキー〟とは『夫が脳で倒れたら』での表記そのまま、つまり〝夫〟のことです。
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トドロッキーは脳梗塞の後遺症で、その後の人生ずっとつきまとう麻痺を右半身に負った。これはトドロッキーが約8ヶ月の入院生活を経て自宅に戻り、そこからまた約8ヶ月経ったあたりの話——。(トドロッキーの発病に関しては『夫が脳で倒れたら』にて)
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その頃のトドロッキーはまだかなり弱々しかったが、麻痺の出なかった左半身を駆使して身の回りのことはだいたいできるようになっていた。ボチボチながら仕事復帰も果たしていた。
さて、私。
ひとつ大きな課題が見えて来た。自身の健康についてだ。体調も体幹も心身の健康も大きく崩しているトドロッキーと日々生活を共にしていれば、おろそかにしてきた自分の健康管理を反省することになる。
40代がまもなく終わろうとしている年齢、いろいろ普通に調子が悪かったりするわけで、だから健康な体になるぞ!と決めた。
元来体育会系である私の脳内に単純図式がボワンと浮かぶ。
『健康』=『スポーツ』
がっつり体力が落ちていることは自覚している。やるなら軽めのやつからだ。しかも楽しいのがいい。どうせならやったことのないスポーツにチャレンジしたい!
そんなときだった。通いやすい場所にある体育館の主催プログラムにバドミントンがあることを知った。
リーフレットのうたい文句はこうだ。
『中高年からでも楽しめるバドミントン』
ユルい!
バドミントンは好き。楽しいから。でもやったことあるのは公園や空き地で遊ぶ程度のやつで、体育館のコートでやる本格的なのは経験なしだ。ルールもよく分からない。
『初心者には指導員が指導します』
ありだ!
ずっと、ネットの張られたコートでちゃんとやってみたかったバドミントン。
いいね。けっこうな高揚感に浮かれながらひとり体育館に向かった。目標はひとつ、健康増進だ。
体育館には、バドミントン歴ン十年とお見受けする猛者から私と括りが一緒とお見受けするド初心者までがわさわさと集まっていた。バドミントンコートが8面セットされていて、2面が初心者用。指導員がついて基本技術を指導している。
ほほう、こういう感じか、誰も知っている人はいなけど、気兼ねなく練習の輪に入れそうないい雰囲気だ。ここらでうろうろしていればいいのかなと初心者用コート脇で様子を伺う。
まもなく初心者用コートで指導者がタマ出ししてくれる練習が始まった。打ち方練習。まずはこれに参加。
うん。難しい。でも楽しい。
フォームを指導され、修正して打ってみる。
パシッ。
難しい。
パシッ。
なんか違う。
パシッ。パシッ。パシッ。
時々うまくいくのが嬉しい。夢中。
何巡目かでスマッシュの練習。
パシッ。
難しいが面白い。
パシッ。
ガタン! ん?
伸び上がって打った次の瞬間、着地し体重を乗せた右の踵に強烈な違和感が走った。
落ちているシャトルでも踏んだか? 打つ前に足元のシャトルは避けたはずだが。
踵に視線を落とせば、踵の下にシャトルはない。周囲にもない。何も踏んでいない。なのにまだ何かを踏んでいる違和感。
さっき聞こえて来た、ガタンの音が脳裏に蘇る。
踵の違和感は続いている。
何かが起こっている。
これって、もしやあれか?
アキレス腱を切った音?
アキレス腱は切れるときにすごい音がするらしい。
違和感のある場所は踵か? いや、アキレス腱あたり。
ということは……。
確信した。
「あの、やっちゃったかも知れませんっ」
目の前の指導員に伝えた。
「どうしました」
「アキレス腱やっちゃったかも」
「歩けますか」
ゆっくり歩いてみると、意外に歩ける。ただ、普通通りには歩けない。
スタッフ事務所に導かれ、パイプ椅子に座る。
指導員がシューズを脱がしてくれ、アキレス腱を見て、ふわりと触って即言った。
「切れてますね」
……だよねやっぱり。
情けなく笑う私に、彼は申し訳なさそうな視線を返した。
確信があったけれど、指導員に断言されて初めてゾッとした。
やっちゃった。
やっちゃってる場合じゃないのだ。家には弱々しいトドロッキーがいる。仕事復帰したとはいえ、バリバリなんかはまだまだ働けないし、今後もバリバリな働き方はないだろう。私が稼ぎ手にならなきゃって気負いがあった。だからこその健康増進だった。
がっかりだ。猛省だ。多分準備体操不備だ。たっくさんやらなきゃならなかったんだきっと。
指導員の行動は早かった。
私のアタマがやっちゃった〜〜やっべ〜〜に埋まる中、彼はテキパキと救急車を呼ぶ段取りをつけた。
そうか、救急車なんだな。私はここからきっとストレッチャーで運ばれることになるんだ。ひとりでやってきた新顔があっという間にストレッチャーで退場だ。イメージすれば残念すぎて、逆に面白くなってきた。