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『夫が脳で倒れたら』外伝『一方、妻は松葉杖』16〜家の中では松葉杖代わりのコレが超便利〜

拙著『夫が脳で倒れたら』(太田出版刊)のスピンオフ(笑)、『一方、妻は松葉杖』。脳梗塞の後遺症の右片麻痺と格闘する夫の横で、なんと妻もうっかり松葉杖生活に。そんなアキレス腱を切ってから10キロマラソン挑戦までの日々のこと。文中の〝トドロッキー〟とは『夫が脳で倒れたら』での表記そのまま、つまり夫のことです。約4年半前のこと、アキレス腱断裂の治療方法は当時のものとなります。1から読まれる方はこちらからどうぞ

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 コロコロキャスター付きスツール。
 搭乗してみれば、私にはちょっと座面が高かった。己の脚の短さに改めて『残念』を突きつけられた形となったが、まあいい。
 ただ、この座面の高さが、台所作業にはちょうどよかった。台所はもともと立って作業することを考慮して高さ設計されているから、テーブルより高く、普通の椅子の高さでは台所作業がしずらい。

 とはいえ、座面が高いと座れば重心が上になるため不安定さがある。そもそもがスリムなスツールだけに、いつか座ったままコケる気がしてならない・・・。

 ウチの床は、右片麻痺のトドロッキーに優しいバリアフリー仕様。床がフラットさが私にも優しさをみせた。トイレの中にもスツールに座ったまま入っていけた。こりゃ便利。

 マンション住まいで、メゾネットタイプでもないため、階段なし。どこの部屋にもコロコロスツールでアクセスできるはずなのだけど、一カ所だけ行けないトコがあった。
 大人になりかけの息子たちの部屋。
 ウチには私が『馬糞』と呼んでいるものが存在する。息子ふたりが床のあちこちに脱ぎ捨て落としていく衣類で、なぜここに、という場所にもクシャリと佇んでいたりする。
 で、息子たちの部屋は『馬糞』がひどい。
 コロコロスツールではとても入っていけない有様。とはいえ、とくに入りたいわけではないので全く問題はない。

 コロコロキャスター付きスツール。
 元気な左足で床をトンと蹴れば高速でシャーと進む。方向調整には手で壁やなんかをチョンと押す。行く先は自在。両手が使えて小回りが効く。
 最高。ふと油断していつかコケそうな危うさもあるけれど、このスリル感でゲーム性も加味され、ちょっと楽しい。
 以降、このスツールを『私の脚』と呼んで可愛がることとなった。

 この日、手術からすでに5日経っていたが傷口がまだ痛い。退院にあたって念のための痛み止めが処方されたが結局飲まなかった。

 座ったり立ったりしていると血の巡りが活発になるからか、けっこうな痛みが出てくるのだけれど、足を高くしてしばらく横になっていれば楽になる。
 痛み止めを飲めばもれなく胃も痛むため、痛み止めは胃痛と天秤にかけての服用なのだが、結果、胃痛覚悟で飲むほどの強い痛みは、退院後は出なかった。

 で、最低限の家事をする以外はごろごろと横になって過ごすことに。
 もともと2週間入院のところを早々に帰宅した。自宅でやりたい作業はいくらでもあるけれど、あと10日程は腹をくくって安静生活を送ることにした。

 痛いってのは、身体を動かすな、っていう身体からのサインなのだ。元気エネルギーはほとんどすべて傷口修復作業に回っているから、やる気も出ない。身体全体に力がはいらないからうとうとと眠りがち。
 仕方ない。術後ってこんなもん。ゴロゴロゴロゴロ。

 起き上がっている時は常に『私の脚』(コロコロキャスター付きスツール)に乗っかっている状態。かなり使い勝手がいいが、危険以外に3つほど弱点があることも分かった。

・ベランダの洗濯物干しでは役立たず。
 ベランダへは『私の脚』では進めない段差があり、出るには『私の脚』を乗り捨てなければならない。
 となるとベランダは松葉杖だが、松葉杖を使用すると洗濯物を干す手がなくなる。やがてベランダではケンケン一択となったが、洗濯物を持ちながらのケンケンは超絶難しいのだった。

・時々行方不明になる。
 これは大人になりかけの息子が、『私の脚』に玩具な側面を発見したからだ。
 いつも私の横に待機しているはずの『私の脚』が行方不明になった時は、もれなく息子が高速スピンに興じている。つど「返して〜」と叫ばなければならない。

・搭乗に時間がかかる。
 コロコロにストッパーが付いていないから、ベッドやソファや椅子からの乗り移りには慎重を期すためソロ〜リ。動き出しは松葉杖を使うより時間がかかる。

 搭乗に時間がかかることで、驚がくの事態が発生した。事の次第はこうだ。
 私がダラリと横になっている時にインターホンが鳴った。宅配便だろう。インターホンに出るために、私はむっくり起き上がり、傍に控えていた『私の脚』に慎重にかつ大急ぎで乗り移った。急がなければ留守宅と思われて配達の人が去ってしまう。
 すると同時に隣のトドロッキーの仕事部屋からデスクチェアを動かす音がした。トドロッキーもインターホンに出ようと急ぎ立ち上がったらしい。

 奇しくも同時スタートでインターホンに向かっていた。

 麻痺のあるトドロッキーも、立ち上がって歩き出すまでの初動に時間がかかる。一歩体を動かすのにアイドリングが必要だから。

 ところが私がやっと『私の脚』に搭乗した頃、トドロッキーはすでに仕事部屋を出ていた。

 お! ここで競争心に火がついた。絶対抜かす!

 トドロッキーは屋外では麻痺脚に装具をつけてまあまあの速度で歩くが、装具をつけない室内では麻痺脚は床を擦りながら歩くため、速度出ずで超ゆっくり。だから勝算はあった。だって『私の脚』に乗っちゃえば移動は速いのだ。目標地点までシャーッと一瞬で行ける。

 ゆけ! 私の脚!

 結果、なんとトドロッキーに惜敗を喫した。トドロッキーがタッチの差でインターホンの受話器をとったのだった。

『私の脚』を使ってもこの有様。松葉杖では大差で負ける。自分がいかにノロい歩行を手に入れたのかを悟った瞬間だった。

 うーん。夫婦でこの速度はちょっとまずい気がした。
『治す』をがんばる、と腹をくくった気づきとなった。