『一方、妻は松葉杖』17〜松葉杖で買い物する方法を探る〜
『夫が脳で倒れたら』(太田出版刊)のスピンオフ(笑)、『一方、妻は松葉杖』。右半身が麻痺した夫の横で、妻もうっかりアキレス腱断裂、夫婦合わせて脚2本の緊急事態。妻の松葉杖生活から10キロマラソン挑戦までの記録です。文中時々登場する〝トドロッキー〟とは『夫が脳で倒れたら』での表記そのまま「夫=轟夕起夫」のこと。※アキレス腱断裂治療の方法は当時(2015年)のもので、現在術後はもう少し歩きやすい治療法が選択できます。1から読まれる方はこちらからどうぞ。
退院後初、傷を見てもらう外来受診
術後1週間目の外来受診の日。
「傷口、綺麗ですよ」
ギプスの蓋をあけて傷口を見た医師が言った。もちろん私は見たくないから視界には入れない。
「痛みはどうですか」
と医師。
立ったり歩いたり座ったりと生活動作をしていると痛みが出てくるけども、横になれば痛みは引く。
「大丈夫です」
医師は傷口のパッドを新しいのにとりかえて蓋を閉じ、診察はおしまい。あっけない。これなら、自分で傷口の動画を撮って医師に診てもらう、でいいよなあ。そのうち医師だって在宅で仕事する時間を持つようになりそうだもの。自分の目で傷口を見たくないって問題はあるけれど、病院にわざわざ行かなくていいなら私だって頑張るかもだ。
両手松葉杖の歩行は汗だく
病院は家から歩いて10分ほど。
行きはタクシーを使ったけども、診察があまりにあっけなかったのと天気が良かったのとで、歩いて帰るミッションに挑んだ。術後の痛みのある状態で長い距離を歩くのは初めてである。
家までは急な下り坂があって、なぜか上りより怖い。
10歩20歩進むだけで疲れるから、いちいち少し佇む休憩を挟む。どこが疲れるって、手のひらと腕がダントツ。滑らないよう、転ばないよう気を付けて少しずつ進めば30分チョイかかった。
汗だくになった。汗の量でいえばスポーツ時に匹敵する。そういえば、アキレス腱を切った時にやっていたバドミントンよりたっぷり汗をかいている。モヤモヤしつつも、トドロッキーも汗吹き出して坂道を登ってるなぁ、これも追体験かぁ、とミッション終了。
痛みと疲れで帰宅後はずっと横になっていたけれど、ご近所ならもう歩ける自信がついた。
松葉杖でも行けたら行きたい近所のスーパー
行きたいのはスーパー。食べ盛りの息子がいる。相当量の食料の買い出しに行きたい。
もちろんネットスーパーを利用してもいいのだが、家にひたすらいるのは気がめいる。松葉杖で歩くだけでバドミントン以上の運動になるのなら、ぜひ歩きたい。そもそもバドミントンやったのだって運動したかったからなのだ。
目的地まで行って帰ってくるのなら、もうできる。買い物したものはリュックで運べる。運べない量を買うことになったら配達サービスを利用すればいい。
となれば問題はひとつ。松葉杖で店内を進みながら、どうやって買い物かごを持って、どうやって商品をかごに入れていくかだ。
カートは利用したい。どうやって押す? 頭の中でシミュレーション開始。
終了! できなかった。シミュレーションでは松葉杖でカートは押せなかった。
病院からの帰り道、ご近所さんに声をかけられ振り向いただけでバランスを崩しそうになり危なかった。カートを押しながら店内を歩くなんて考えられない。
仕方ない、考えてだめならやってみるだ。トドロッキーの転院先探しの時にやっちゃいけない潜入調査に私を駆った悪性分が発動した。
とにかくリュックと松葉杖でスーパーに行ってみることに。
スーパーは普段なら歩いて7分の距離。汗だくで20分強かかって到着。
いざカート押しをあれこれ試してみたけれど、やはりシミュレーション通り押せなかった。松葉杖を片脇に2本にまとめ、空いた片手をカートにかけて押してみるが、カートはユラユラコロコロしていて体の支えにはならないため、バランスを崩して転びそうになった。松葉杖を片脇2本から1本にしたところで同じだった。
ギプス足を床に下ろせるなら大丈夫だろうが、当時私が受けた治療方法では骨折時同様、完全に浮かせて歩くよう言われていたため、非常にバランスがとりずらい。無理だと断念。
急遽息子に来てもらい、カートを押してもらって、不本意な形で買い物ミッションが終了した。
このままでは終われない。なんとかひとりで買い物がしたい!
ってことで翌日再度チャレンジした。
一歩ごとに次の作業を繰り返す作戦。松葉杖を二本片脇に束ね、カートを空いた片手でちょんと押し一歩分前へ。松葉杖を戻して体を安定させ一歩進む。また松葉杖を束ねてカートをちょん、松葉杖で一歩。
この途方もない作業を根気よく繰り返す。カタツムリ法と命名。
哀しいほど前に進まないし、やたら疲れるけども、やれないことはない。
しかしこれではあまりに時間がかかりすぎる。少し速さが欲しい。
その翌日のチャレンジで、ついに少し速さが出る方法を発見。
いちいち松葉杖から片手を外さない。
腹を第3の手として使う。つまり腹でボヨンとカートを押しやる。
腹でカートをちょっと進め、松葉杖で追う方法。ついにカタツムリ脱出! なんという達成感!
買い物カートと松葉杖の関係考察
難点は見た目の恥ずかしさと周囲への迷惑感だが、背に腹はかえられぬ。見た目の恥ずかしさは考えないことにし、周囲への配慮として近くに人がいる状態でボヨンはしないルールを設置。
で、この日よりボヨン法を取り入れることとなったが、結局カタツムリ法を織り交ぜた合わせ技に落ちついた。
ボヨンしているうちに分かったが、カートはその個体ごとにキャスターの性格が違う。ボヨンとやるとクルリとカールして進行方向を変えてしまうものがけっこうあり、カールの度合いも様々。向きを変えてしまったカートを正すために手でちょいちょい方向を修正していかなければならないのだった。
さて、このチャレンジから、もうひとつわかったことがあった。
『松葉杖でスーパー』は、判断力が鍛えられるということ。
体力的に店内をうろうろはできない。スーパーに到着した時点で傷の痛みもかなり出ていることもあり、一巡するのが精一杯。だからカゴに入れ忘れた商品を取りに戻ったり、やっぱりいらないからと商品を戻しに行ったり、一巡してモノと値段を見てから食事メニューを決めるとか、そんなことはできない。
その売り場には一度きりだ。商品を買うかどうか一発で判断していく必要がある。
ならば事前にちらし検索して価格調査し、買うものを決めてからスーパーに赴けばいいわけだけども、それはあえてしないことにした。初見一発で買うかどうか判断していくことにゲーム的な楽しさがあったから。
そんなわけで、松葉杖買い物チャレンジによって、若干の体力と判断力を得るに至ったのだった。