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『一方、妻は松葉杖』18〜松葉杖でナンパと言えなくもない〜

『夫が脳で倒れたら』(太田出版刊)のスピンオフ(笑)、『一方、妻は松葉杖』。右半身が麻痺した夫の横で、妻もうっかりアキレス腱断裂、夫婦合わせて脚2本の緊急事態。妻の松葉杖生活から10キロマラソン挑戦までの記録です。文中時々登場する〝トドロッキー〟とは『夫が脳で倒れたら』での表記そのまま「夫=轟夕起夫」のこと。※アキレス腱断裂治療の方法は当時(2015年)のもので、現在は歩きやすい治療法が選択できます。1から読まれる方はこちらからどうぞ

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松葉杖はものすごく人とすれ違う

 松葉杖の女は目立つ。道にノロノロ松葉杖の女がいれば、その異物感から子どもはガン見するし、大人も気になる。

 松葉杖の女がノロノロゆくと、ものすごく人とすれ違う。前方から来る人とすれ違うのは当然として、後方から来る人にも、もれなく追いつき追い越される。

 だからだと思う。すれ違う見知らぬ人からよく声をかけられた。かけてくれたのは温かくて親切な言葉。嬉しかったし、ありがたかった。

「大変ねえ。お大事にねえ」
 見ず知らずの年配の女性。声をかけられたのは最初だったから驚いた。
「ありがとうございます」

 質問形はさらに年配の女性。
「気を付けてね。骨折?」
「アキレス腱切っちゃったんです」
「あらぁ。そう。お大事にねえ」
 優しい方だった。

 別の日。その見知らぬおばあさんは交差点を渡っているさなか、すれ違い様に声をかけてくださった。
「靱帯?」
「いえ、アキレス腱です」
 こちらはノロノロながら最高速度を出さないと青のうちに交差点を渡りきれないので、これ以上は聞かないで。
「お大事にねえ」
「ありがとうございます」
 後ろを振り向いてもいられないので、後頭部を向けたまま大きな声で返してみた。感謝が伝わっていればいいけれど。

 スーパーでも。
「大変でしょう。私も松葉杖の時あったからわかるわあ。お大事にねえ」

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お声かけの考察をしたみた

 ふと思う。右半身に麻痺を抱えて歩くトドロッキーは、こうやって見ず知らずの方からは声をかけられたことはないんじゃないか?

 彼は発症から数年経って歩くペースがめちゃくちゃ上がったけれど、退院直後は松葉杖の女こと私と同じくらいの超スローペースだったし、片手仕様の杖もついていた。
 風が吹けば倒れそうなくらい軸のない歩き方をしていたから、私は万一後ろに倒れた時には支えられるよう、後方を歩いていたほどだった。

 一応聞いてみた。
「一人で歩いている時、知らない人から、お大事にとか、気を付けてとか声をかけられたことはある?」
「知らない人から? ないよ」
 だよね。

「お大事にねえ」の声をかけてくれたのはいずれも私より年配の女性。
 私が同性で、しかも年下だから声を掛けやすかったということもあるだろうし、おばちゃんたち、こういう声かけ的コミュニケーションに慣れているというのもあると思う。
 だけどもうひとつ、ギプス姿ゆえ、いずれ治る人だってことが一目瞭然なのが重要なのかも。

 おばちゃんたちの「お大事にねえ」は「治るまで大変ね」であって、「お疲れさま〜」的な当たり障りのない挨拶だもの。
 もし私がオットみたいな片麻痺歩きだったなら、おばちゃんたちはきっと気遣いゆえ気軽には声をかけなかったと思う。

 ……なんてことを考えてたら、また別の日。
 ついに女性以外、オール白髪のおじさんに声をかけられることになった。

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雨の日の松葉杖マジック

 それは梅雨のど真ん中、雨の日の出来事だった。

「松葉杖、疲れないですか」
 後ろから歩いて来たおじさんが、エッチラ歩いていた私の横に並んだ時、私の松葉杖をしげしげと見ながら穏やかな口調で声をかけてくれた。
「すっごく疲れます」
 汗が吹き出ていた。
「でしょう。それだと疲れるだろうなと思ったんですよ」

 おじいんは、私のノロノロに速度を合わせて話し始めた。
「松葉杖の高さが低いと思いますよ。脇と松葉杖の間、開いているでしょう。それだと脇に体重を乗せられないから疲れるんですよ」

 病院のリハビリ室で松葉杖の練習をしたとき、指導してくれた理学療法士が教えてくれたことを思い出した。
「昔は脇に松葉杖の高さを合わせて脇に体重を乗せる歩き方をしてたんですけど、今は脇のリンパや血管を圧迫しないように体重は乗せません」

 ふむさては。このおじさん、昔の常識を私に教えてくれている。
「そうだったんですね! 帰ってから調整してみます」
 説明が面倒だったので、そんなふうに返した。
 だって雨なんである。
 松葉杖だから傘はさせない。ただカッパを着るほどではない。
 すべらないよう足下に気を付け、できるだけ早く帰宅すべく最高速度のノロノロで汗だくで歩いているんである。
 どう説明するかを考える余裕はなかった。

 帰ってから松葉杖を調整するつもりはないけれど、私のことを心配して声をかけてくれたおじさんをいきなり否定して突っぱねるような返事もしたくない。
 つい嘘をついた。ごめんなさい。
 おじさんとは肩を並べて歩いている状態となった。せっかくなので、ゆるい話を続けてみた。
 自分はアキレス腱断裂だと告げ、おじいさんが松葉杖を使った理由を聞く。
「スポーツで足の指を骨折しましてね」
 いつ頃の事か聞く。
「20年くらい前です」

 なるほど、さっきの松葉杖の知識は20年前のだ。
「じゃあ働き盛りの時ですね、大変でしたね」
「ええ、50代でしたから」
 という事は、今70歳代ね。だとすれば、年のわりに歩き方が綺麗だと思った。背筋が伸びている。聞くと、ウォーキング同好会を仕切ってるらしい。
 そんなこんなで、私のノロノロ歩きに合わせてくれるおじさんと、けっこう楽しい会話を交わしながらしばらく歩いた。

 ふと気づくと、おじさん、自分の傘を私にも半分、分けてくれていた。
「傘、すみません」
「いえいえ」

 私の家の近くまで来た時、おじさんは、自宅はこの近くなんですと言って道を折れた。
 かなり近いご近所さんだった。
 私が松葉杖じゃなかったら、きっと話すことはなかっただろうご近所さん。
 松葉杖マジック。

 ここでふと気づいた。さっき、ふたりで傘ひとつだった。
 おおっこれは! 形的にはアイアイ傘だ。
 そういえば、おじいさんから声かけてきた。
 おっと! 形的にはナンパされてるではないか。

 この年でナンパ……。されてないけど。解釈をぐいっと広げてそう考えると面白さ倍増。
 松葉杖マジック。恐るべし。