『夫が脳で倒れたら』外伝『一方、妻は松葉杖』4〜手術のメリット〜
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外科医は私の足首に診断を下した。
「アキレス腱断裂です」
ですよね、知ってました、体育館で内科医のおじいちゃんに切れてると診断されたもの。ただ、アキレス腱が切れることを『アキレス腱断裂』というんだってことは初めて知った。
「全部切れてます」
切れずに繋がっている部分はないらしい。
「アキレス腱が切れたって事は体質的に切れやすいんですよ。もう片方も切る方が多いんです。十分気を付けてくださいね」
これは新情報。気を付けます。
「バドミントンですかぁ。多いんですよね、バドミントン。すごく多いんですよ」
医師がしみじみ吐いた。驚いた。そうかだからか。さっきまでいた体育館での事が腑に落ちた。
バドミントン関係者、どおりでみなさんアキレス腱断裂に詳しいはずだ。お仲間で切った人が多いからこその、あの豊富な生きた情報量なんだと理解した。
「手術で繋ぐ方法と、手術をしないで治す方法がありますが、どうしますか?」
む? 手術をしない選択肢もあったなんて。切れて離れてしまっているアキレス腱が自然に繋がると?
「手術しなくてもギプスで繋がります」
驚愕の治癒力。これだから体ってすごい。
トドロッキーが脳梗塞で麻痺を追った時も、機能しなくなった部分の脳が担っていた役割を、周りの脳が代行すべく学習を始めることを知った。だからこそリハビリが有効なわけで、トドロッキーの体は超ゆっくりだが不具合のあれこれを持ち直してきている。私自身の脳も体もこんな力を持っているんだってことが理解できて、いろいろすぐに諦めちゃいかんなあ、と思ったものだった。
体育館のみなさんは口々に手術すれば治ると言った。つまり手術するのが圧倒的主流なんだろうが、手術しなくても治るなら大いに検討したい。
「温存より手術をおすすめしますけどね」
医師のおすすめポイントは次のとおり。
・温存に比べてギプス期間が若干短くなり、完治までのトータル期間も短くなる。
・再断裂のリスクが若干低くなる。
※再断裂ってのは、せっかく繋がったアキレス腱が再び切れてしまうこと。
デメリットももちろんある。
・入院の必要がある。
・入院費も手術費もかかる。
・皮膚を切るから痛い。麻酔なんかすぐ切れる。
・傷口からばい菌が入るかもしれないから、感染リスクがある。
・血管や神経がきれちゃったりする可能性もある。
さて。実は私がアキレス腱を切ったのは2014年。
手術の場合、当時と現在では、術後のリハビリに違いがある。
当時の術後は、温存方法より短期間ではあるものの完全に足を浮かせて生活する必要があったけれど、現在は術後すぐに地面に足をつけて、少しだけ体重をかけて歩くようにする。
手術しない温存方法の場合は現在も、ギプスして完全に足を浮かせて生活する期間が必要らしい。
いずれも松葉杖を使うのは同じだけれど、完全に片足で歩くか、不完全でも両足で歩くかの違いがあり、これはものすごく大きな違い。後者の方は生活がかなり楽になる。
だから今なら迷うこともなかっただろうけど、当時、手術するかしないかは私にはちゃんと二択だった。
痛いのはいや。入院期間も作りたくない。
さてどうする。
「今決めた方がいいですか?」
「後でもいですけど、空いているところに手術入れていくんでね。今なら、えーと」
手術の予約が入れられる日を検索して、「明後日入れられますね」と言った。「これだと、明日入院、明後日手術となります」
「それで、お願いします」
つい即決した(のちに、手術痕がケロイドになり手術したことを後悔する)。
私的に一番優先したかったのは、松葉杖生活期間の短縮で、入院が発生するのを考慮してもやはり一日も早く治る方を選択したい。今決めれば手術もすぐやってくれる。
「じゃあ」と医師。パソコンで予約を打ち込みながら「明日朝また来てください。外来で検査を受けた後病棟に入ってもらうので、入院の準備をしてきてください。入院期間は二週間ですね」
え? これはちょっと想定外。3、4日で済むと体育館のアキレス腱断裂経験者から聞いていた。
「短くならないですか?」
トドロッキーの体調と食事がやっぱり心配だ。
今振り返れば、あの頃はトドロッキーの脳梗塞の再発阻止&脆くなった血管の再生を目的として、いろんな野菜を盛り込んだ食事を作ることの義務感が半端なく強かった。トドロッキーはお通じにも難題を抱えてたから、食事にお通じ対策も必要だった。食事はトドロッキーの薬と捉えていて、私の2週間の入院はトドロッキーの2週間の断薬を意味した。必要以上にそんな義務感を抱えていたと思う。
「最短一週間になりますね」
もう一声!
「じゃあ、それは執刀医と相談ですね。まあ、問題ないとは思いますけどね」
入院期間の設定って、へえ、交渉次第なんだ。了解っす。打ち合わせ終了。
次、手術のその時まで付けることになるギプスを作るために診察ベッドに移動した——。