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7 手術前日にバドミントンの素顔に気づく

08

 入院は、外来で診察後、ひととおりの検査を受け、入院手続きをし、病棟へ移動となる。
 外来の医師は、昨夜の当直医とは別の医師。彼が執刀医である。
 診察室で私の患部を診て、彼は言った。
「アキレス腱断裂ですね」
 そーなんですよぉ。
 昨日から何度このやりとりを交わしたことか。アキレス腱が切れていることを確認し合うのは、もはや天気の挨拶を交わすに等しい。
「バドミントンですか。僕が手術を担当したアキレス腱断裂の患者さん、半分はバドミントンです」
 なんと!
 そんなに多いんですか!
 だったらもう、バドミントンは中高年が気軽に始めていいようなスポーツじゃない。
 バドミントン。ちょっとしかやらなかったけど楽しかったなあ、アキレス腱がくっついたらまたプレーしに行きたいなあ、なんて気持ちがあったけど、彼の一言で綺麗さっぱりなくなった。バドミントン復帰初日でもう片方のアキレス腱を切りかねないじゃないか。
 ん……ここで気づいた。
 そうだった。
 バドミントンはオリンピック競技種目だ。ユルいスポーツなわけがないんである。キチンとトレーニングを積んでいく必要のあるハードなスポーツなんである。本気スポーツなんである。
 きっと私、『中高年からでも楽しめる』のコピーを勝手に誤解しどこかナメてかかっていたのだ。気を引き締めて向き合わなきゃならないスポーツだったのだ。
 いつもながら私、気づくのが遅い。
「入院は2週間となります」
 え? 今なんと? 昨日の当直医が言った1週間からさらに増えてるんですけど!
「2週間後に抜糸して退院ですね」
「ちょっと待ってください!」話が違う。「2週間?」こっちは数日で退院するつもりで来ているのだ。
「暇ですけどね、入院中」医師は諭すように言う。「2週間安静にしてる必要がありますから……」
「もっと早く退院することは可能ですか?」
 可能なはずだ。体育館にいた方々は3、4日で退院できるとおっしゃっていた。そういう例を複数ご存知なのだ。
 2週間の入院が必要というなら手術はナシ、ギプスのみで治す方にするしかないかも。そこまで考えを巡らせていたら、彼はあっさりと言った。
「では、家で安静にしていただくことになりますけど、術後の傷の状態に問題なければ早く退院できるようにしましょう。でもせっかく手術するんだから無理して歩き回って再断裂ってことにはならないよう注意してください」
 御意!

 診察の後、車椅子に乗せられ、採血、腰と胸部のレントゲンを撮り、尿を提出して入院病棟へと向かった。

 馴染みの病棟である。いくつかお世話になったダンナさんの入院先のひとつがここだった。
 まさか私がここにお世話になるとは。
 病室は4人部屋だったが、私の他にはひとり、70歳代くらいの女性のみ。この方、ずっとベッドカーテンを閉め切っておひとり静かに過ごされている。
 静けさハンパない。
 病棟には車椅子で入ったけれど、病棟内での移動は松葉杖使用でとなった。
 看護師が言う。
「手術までは危ないので見守りにしますね。トイレとか、シャワーも、歯磨きも、ベッドを離れるときは必ずナースコールをしてくださいね」
 つまりどこに行くにも歩くときは必ず付き添いします、というのだ。病室内にある洗面台に行くときもだ。
 病院まで松葉杖でひとりでえっちらやって来た。トイレだって一人で行ける。見ればトイレは病室のすぐ近く。

 一人で自由に移動できない事の不自由さはオットの入院生活でよく分かっている。オットが脳梗塞発病後最初に入ったのは救急患者が次々と運ばれてくる病棟だったため、スタッフの忙しさは半端なく、見守りルールがあったけれどナースコールしても看護師たちはその忙しさゆえなかなかベッドサイドには来れなかった。
重篤な患者の多い病棟だった。トイレの付き添いは後回しで、我慢できないようであれば使ってくださいと尿瓶やおしめが用意された。
 オットは結局、ナースコールせずに車椅子に乗り込み、動く左手足を駆使してトイレでもどこでもひとりで行くようになった。
 病棟ではかなり若い方だったオットの動作は周りに比べればけっこうしっかりしてた。だからだろう、看護師たちもオットの単独行動にはフツーに黙認となった。
 入院患者が転倒して骨折でもしたら病院にとっては責任問題。実際オットの隣の病室にいたおばあちゃん、ベッドから立ち上がるときに転んで骨折、気の毒な事態となった。

 見守りルールはだからあった方がいいのだろうけど、看護師にも患者にもストレスの溜まる煩わしいシステムには違いない。
 オットの病棟での記憶が脳裏にあったため、見守りルール、丁寧な看護でありがたいけど……正直煩わしい。がっかりだった。
 あがいてみる。
「ひとりで移動できますけど……」
 気が小さいので主張はせいぜいこの程度。
「気兼ねなく、コールしてくださいね」
 優しい笑顔。
「はい。よろしくお願いします」
 仕方ない。
 腹をくくったものの、気軽にトイレに行けなくなった。どこの病院だって看護師が忙しいことは知っている。ここもしかりだ。トイレのために頻繁に来てもらうのは気が引けた。
で、もうちょっとしたらコールしよ、もうちょっとしたら……。
 トイレの回数をできるだけ減らすという自主規制を始めることとなった。
 とくに意味のない自主規制なのは分かっていたがついついそんな行動をとってしまった。

 これが大失敗だった。

 けっこうな惨事を引き起こしてしまうことになり、回りに迷惑をかける自主規制だったことを翌朝思い知ることとなる。

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