『一方、妻は松葉杖』12〜リハビリ始まる痛いのに〜

 拙著『夫が脳で倒れたら』(太田出版刊)のスピンオフ(笑)、『一方、妻は松葉杖』。脳梗塞の後遺症の右半身麻痺と格闘する夫の横で、妻もうっかり松葉杖生活に。そんなアキレス腱を切ってから10キロマラソン挑戦までの体験談。文中の「トドロッキー」とは『夫が脳で倒れたら』での表記そのまま、夫=轟夕起夫のこと。※医療の進化で現在は2015年当時とは違う治療方法が選べます! 1から読まれる方はこちらからどうぞ

リハビリ担当は夫がお世話になっている理学療法士

 手術翌日は午前中にさっそくリハビリテーションがあった。

 緊急の治療や手術を行う急性期病院では、早い社会復帰を目指すために、できるだけ早い時期からリハビリテーションを開始する。これ、トロドロッキーの入院で学習したこと。

 トドロッキーは入院してから1週間ほどは、日々麻痺が急速に進んでいったから、リハビリテーションのメニューも昨日できたことが今日はまったくできない、の繰り返しで、リハビリというよりもどれほど体の機能が低下したかの確認作業をしているみたいなことになって、非常に残酷な日課ではあった。

 トドロッキーは点滴治療だったが、私は手術。トドロッキーは入院翌日から開始したリハビリ、私は手術の翌日からなんだなぁ、なんて思い返しているうちに、リハビリを担当してくださる理学療法士がベッドまで迎えに来た。

 自己紹介をしてくれた理学療法士のそのお名前は、トドロッキーから聞いたことがあった。あのう、私、トドロッキーの妻でございます、とご挨拶させていただく。

 トドロッキーはリハビリテーション病院を退院後、ここの病院のリハビリテーション科にお世話になっている。
 つまり彼はトドロッキーをよく知る理学療法士で、トドロッキーが信頼しているセラピストの一人。
「夫がいつもお世話になっております」
「アキレス腱ですか。大変でしたね」
「やっちゃった感ハンパないですね」
「何で切ったんですか」
「それがバドミントンでして」

 なんだか恥ずかしいが事実だ。
 あぁ、バドミントンはやるんですよね、みたいな頷き方をする彼。
「痛いですか」
「ものすっごく痛いです」

 ものすごく、より上のレベルを指す言葉で言いたかったが、出てこなかった。この痛さを抱えたままリハビリするなんてありえない。
 痛み止めの錠剤は、リハビリの時間に一番効くよう飲む時間を考えて摂取したから、効き目はピークにあったのだけれど、それでもまだとんでもなく痛い。

「松葉杖の練習をしましょう」
 ああ、なるほど、そういうリハビリね。
 でも松葉杖使ってこの病院まで来たんですよ私。わりとやれると思うんですけど練習が必要なんですかね。痛いのでね。そういえば病院までの道のりで手の皮が剥けそうになったし、想定外にヘトヘトになりました。対策があればぜひ伺いたいです。まあ教わるのは明日でもいいんですけどね。痛いので。

 そんな思いは胸に留め、導かれるままに車椅子に乗り込み、リハビリテーション室へ移動した。

術後初めてのリハビリは松葉杖の練習

 リハビリ室で受けたのは、まず手術した右足指のマッサージ。ギプスからちょっと出ている状態の足指をマッサージしていただいた。アキレス腱部分が激イタなのに、これが不思議と脚全体がほぐれる感じがしてありがたかった。
 その後、本日のメイン、松葉杖での歩き方の練習。その前に、
「松葉杖の高さが合ってないですね。ちょっと低いな」
 と高さを調節してくれた。

 松葉杖は救急車で搬送された夜、病院から借り受けたものをずっと使っている。合ってない高さは、救急で対応してくれた看護師が調整してくれた高さ。へえ、やっぱり看護師と理学療法士は持ってる専門知識がちゃんと違うんだなあ。

 理学療法士が調整してくれた松葉杖で歩いてみると、全然違う。歩きやすい。
前は時々スポッと松葉杖が脇から抜けて、歩いている途中でバランスが崩れてオットットなことがあった。もう全く抜けない。抜群の安定感を得た。ちょっとの高さの違いでこんなに変わるとは。

 ちなみに松葉杖、脇に体重をかけてはいけない。
 脇の下にある血管や神経を圧迫しないようにするためで、体重をかけるのはグリップ部分、つまり手のひら。
 松葉杖の高さは脇の下に指が2、3本入るくらいの高さがちょうどいいと言われているけど、体感的には指1本くらいだ。

 歩きやすさは改善した。ならばもう一点、相変わらずの手のひらの痛さはなんとかならないものか。
「もうまもなく手のひらの皮が剥けると思います私」

 剥ける未来が見えている。剥けたら松葉杖を握れない。握れなければケンケンだがケンケンでは転んで再断裂だ。とにかく剥けるをなんとしても阻止したい。
「握り方が悪いからですか? 握り方のコツってありますか?」

 ヤワな手のひらでは決してない。そもそも田舎育ちの体育会系。トドロッキーが右片麻痺だから重いものでも何でも私が運ぶ。面の皮も厚いけど手のひらの皮も厚い。
 なのに松葉杖で歩くとびっくりするほど手のひらが痛くなる。
 体重のせいだろうか。もっと身体が軽ければ手のひらは痛くならないんだろうか。とはいえ減量するったってすぐには無理だ。

彼はグリップにウレタンと包帯を巻き、グリップを少し太く握りやすくしてくれた。感触がぐっと良くなり、剥けるまでの期間が少し伸びた感じがした。でもまだいつか剥ける感じがする。

「歩幅を小さくしてみてください」

手のひらと関係ある?
 やってみれば、うん、歩幅が小さい方が手のひらにかかる負担も小さくなって痛みが弱まった。へえ〜! 神アドバイス。すご!!
 松葉杖で一歩を大きく行きたい私は、そのことで手のひらに負担を強いてたらしい。

「一歩大きく行くのは転んだり滑ったりする危険もあるのでね、小さい歩幅がいいですよ。アキレス腱、また切ったら大変ですから」

 御意。
 とはいえ今度はまあ見事に前に進まない。なかなか前に進まないから歩いている気もしない。
 亀だ。
 考えてみれば、これだけゆっくり歩くのは以前の私なら逆に難しい。難易度は上だ。上級の歩きをマスターしたと言えなくもない。
「いいですね。上手に歩けてますね」
 褒められたので、聞いてみた。
「今、看護師さんに見守られてトイレに行ってるんですけど、まだ続くんでしょうか」
 もちろん、ひとりで行けるからひとりで行かせてくれ、という意味で。
「そうですね。今日は手術の翌日なんでまだ見守りがいいと思いますけど、問題なければ明日からひとりでもいいと思います。看護師に伝えておきます」
 やった!
 明日になればベッドからのお出かけが自由! 痛いけど気持ちが上がった。自由最高!