『一方妻は松葉杖』19〜楽勝リハビリと悩ましエレベータ〜
『夫が脳で倒れたら』(太田出版刊)のスピンオフ(笑)、『一方、妻は松葉杖』。右半身が麻痺した夫の横で、妻もうっかりアキレス腱断裂、夫婦合わせて脚2本の緊急事態。妻の松葉杖生活から10キロマラソン挑戦までの記録です。文中登場の〝トドロッキー〟は『夫が脳で倒れたら』での表記そのまま「夫=轟夕起夫」のこと。※アキレス腱断裂治療の方法は当時(2015年)のもので、現在はもっと良い治療法が選択できます。1から読まれる方はこちらからどうぞ。
アキレス腱術後ギプス足のリハビリはグーパーグーパー
ギプス装着されてるし、まだ痛いし、だからテキパキなんか動けないもん。ノロノロだもん。休み休みじゃないとだし。
とはいえ、何もしないでは脚の血液の循環が悪くなるし、筋力が落ちる。だからギプス中でも、なんとか血液の循環を良くし、少しでも筋力を保つためにリハビリが必要! なんだそうだ。残念だ、私は元来なまけもの。
そんな私の性分を見抜いたからか、入院中に松葉杖の使い方の指導をしてくれた理学療法士は、「退院後はこれだけはしてください」と教えてくれたリハビリは超簡単だった。
ギプス足の指をグーパーグーパー。
これだけ。グーパーグーパー。
ひたすら。グーパーグーパー。
気づいたらやる。グーパーグーパー。
ギプスの先から見えている右足の指あたりは、元気な左足とは違い、ふっくらしている。何というか、わりと饅頭みたい。つまりむくんでいる。きっとギプスの中もふっくらだ。
つま先のむくみを見ると、ちょっと怖ろしさを感じる。
だからやる。グーパーグーパー。
グーパーグーパーの効果が出ていればむくみも解消されるのだろうけど、変化は感じられない。見えない部分は見えないから分からない。
それでもやる。グーパーグーパー。
簡単から続けられる。グーパーグーパー。
ごろごろしながらできるのが最高。グーパーグーパー。
後日、ギプスがとれて装具になったときに足首の状態を見た理学療法士は、足首が固くなってないし、動きもいい、と言った。
グーパーグーパーの成果かもだ。
脳梗塞で右半身麻痺のトドロッキーの過酷なリハビリを見てきて、リハビリって続けるのはホント大変!と感じていたけど、グーパーグーパーはそのお気楽さから、多分規格外の例外。
もしかしたら他のもやってた方がよかったのかもしれないし、トドロッキーには申し訳ないのだけれど、私的には超簡単グーパーグーパーだけなのがホント良かったし、トドロッキーよりもずーーーっと軽い怪我なんだってことを再確認したのだった。
階段か、エレベータか、エスカレーターか
ギプス足を完全に上げて松葉杖で歩行する場合、駅はクライマックス。最高に盛り上がる。
電車の乗り降りではなく、改札からホームまでの上下に移動する道のりが大問題。
この道のりでは、階段かエレベータかエスカレーターか、3つの選択肢からひとつを選ぶことになる。一歩進むのが大変だから、極力無駄な一歩を踏みたくない。最短距離かつ安全に移動するために、つど、どれがいいかを判断し選ぶことになる。
これがなかなか難しい。
1 エレベータはずっと奥か一番向こう
エレベータが乗りやすい場所に設置されている場合は文句なくエレベータだ。
ところが、エレベータが乗りやすい場所に設置されていることはほとんどないと言っていい。大抵は『ずっと奥』か『一番向こう端』だ。
だからそこにたどり着くまでかなり歩かなければならなく、これが松葉杖にはキツい。
2 階段は総合評価最低
階段はほぼ例外なく一番便利な場所に設置されている。
でも松葉杖で階段は時間がかかる。駅の階段は長いから気が遠くなるほど時間がかかって体力をがっつり持っていかれる。
安全面なら、ゆっくりいけば大丈夫。問題はラッシュ時、もしくは電車が到着して人の波ができた場合。
元気な人たちがびゅんびゅん横をゆくから、押されて転げ落ちて挙げ句アキレス腱再断裂なんて最悪のシナリオが頭をよぎる。
雨の日は階段が濡れている場合があって、そうなると滑り落ちそうだから論外。
総合評価はダントツに低い。
ところが、階段しかない場所がけっこうあるという事実。
そんな時は仕方ない。
上り階段ならロッククライミングの絶壁、下り階段ならスノボのアイスバーン急斜に見立てて、命知らずの冒険家になりきって挑むまで。
案外、制覇後の充実感が味わえたりする。
3 エスカレーターは降りる時
エスカレーターは、足下が滑りそうな怖さがある。乗り降りでモタつくと、その時に後ろから押されてしまいそうな恐怖もある。
ただ、設置場所はなかなかいい場所。
実はアキレス腱断裂前のこと、上りエスカレータに乗っている時、前に立ってた人がふわりと倒れて来たことがあった。私は慌てて、ひとりでその人を支えた、足をふんばって。びっくりした。目はテンだったと思う。
前の人は私にもたれた状態で無事だった。誰かに押されたわけでもなく、ただふわりと倒れてきた。自分でもなぜ倒れたのかわからないという感じ。私に感謝を示し、恥ずかしさもあったのかその人はすぐに去っていった。しっかりした足取りだった。
もし、またあんなことがあったら。前の人が倒れてきても、松葉杖の私は支えられないどころか、一緒にころげおちてしまうだろう。
さあ、三択、どうする?
この三択は、実はトドロッキーがすでに直面した問題でもあった。
トドロッキーは静から動、動から静への切り替えの一歩目が難しく、エスカレーターの大問題は乗り降りの時。スムーズに動き出せなくてもたつけば、後ろから押されるだろうし、そうなれば簡単に転ぶ。
トドロッキーは、結局エスカレーターを利用するようになった。トータルで考えれば体力的に一番楽なのだ。
エレベータの設置場所までの、元気な人ならば気にならないあの距離の負担が、歩行困難者にはずっしり重いということ。
ひるがえって私。
私もエスカレーターに落ち着いたわけだけども。
一度、あの人のように後ろに倒れそうになって慌てて手すりにしがみついたことがあったけれど。しがみつく時に、手から離れてしまった松葉杖を拾い上げるのもヒヤヒヤだった。が、慣れるに従い、スムーズに乗れるようになっていった。
ただひとつ、気にしなければいい話だが、気にせずにはいられない点も。
松葉杖ってのは身体の外側を支えるため、けっこうな幅を独占することになる。
駅のエスカレーターはとくに、みなさん急ぐ方のために右側をあけて乗るわけだけども、それができなかった。
右側を急ぎ登ってくる人は、松葉杖にその道を塞がれた時、松葉杖はエレベータに乗れよボケ、とか思うんじゃないだろうか、とかとか、気になるのだった。