『一方、妻は松葉杖』9〜手術前から手術室入室までのことと大惨事の反省〜

 拙著『夫が脳で倒れたら』(太田出版刊)のスピンオフ(笑)、『一方、妻は松葉杖』。脳梗塞の後遺症の右片麻痺と格闘する夫の横で、なんと妻もうっかり松葉杖生活に。そんなアキレス腱を切ってから10キロマラソン挑戦までの日々のこと。文中の〝トドロッキー〟とは『夫が脳で倒れたら』での表記そのまま、夫=轟夕起夫のことです。約4年半前のこと、アキレス腱断裂の治療方法は当時のものとなります。1から読まれる方はこちらからどうぞ

手術前の絶食と経口干補水液

 手術室に入るのは翌日の昼12時15分と通達があった。
 前日の夕食が終わってから手術まで水以外何も飲食しちゃいけない。手術後の夕食もなく、実質丸一日の絶食となる。さらに手術前日は下剤を飲む。
 下剤は夕食後の21時に内服。
 同時に21時から翌朝9時まで、経口干補水液を合計1ℓ飲む。ただし少しずつ。手術中の脱水症状対策のためで、一気に飲むと尿で出てしまうから少しずつだ。夜中も時々起きて飲んでください、と指示を受ける。

 時々起きればいいだけなのに、時々起きることを考えるととたんに眠れなくなる不思議。まいったな。
 重ねて、下剤を服用したため夜中中腸がゴロゴロ動いて、これも気になって眠るどころではない。おかげで経口干補水液はすごくいい感じで飲めたんじゃないかと思う。言われている以上にマメに少しずつ飲んだ。

 夜中の廊下は静まり返っていた。
 ナースコールの音や足音がほとんど聞こえてこない。
 トドロッキーの入院先で頻繁に鳴り響いていたナースコールを思い出す。

 夜のトイレに行く時は看護師の見守りが必要なためナースコールすることになっていたけれど、あまりに静かだったのと、看護師の目もなかったんで、ひとりで行った。
 だって松葉杖で転ばない自信がある。自由に動けるありがたさよ。

 手術当日の朝9時、経口干補水液の摂取終了。手術まではもう水も飲んじゃだめ。
 無傷で元気な左足の方に深部静脈血栓症予防のための弾性ストッキングなるものが装着される。文字通り血栓ができにくくするためだ。

 手術中から術後しばらく身体が動かせなくなることから、元気な足の血の巡りが悪くなことが考えられ、そうすると血栓ができる危険性があるという。

 血栓ってのは血の塊。
 もし、血の塊ができてしまい、それが肺に運ばれてしまうと、肺の血管を詰まらせてしまう「肺血栓塞栓症」になる可能性があって、命に関わるのだそうだ。

 血の巡りを良くする効果のあるストッキングが弾性ストッキングで、これは薄手のサポートタイプのタイツみたいな履き心地のハイソックスである。履き慣れている感覚があって、とくに嫌な感じはない。

 あとは手術着に着替えるだけ。まだ時間があるからと、外の雨を眺めながら、まったりゴロゴロと過ごした。そろそろ手術着に着替えようかなーと思った時だった。
 やってしまった!
 パニクった。
 トイレのナースコールの回数を勝手に自主規制していたことが原因だ。
 生理2日目なんである。そんなことをしちゃいけない日だったんである。
 忘れてたわけじゃない。そういう日だと分かってはいたのだけれど、大丈夫という気がしていた。
 こちとら生理さんとは長い付き合い。トイレに行くタイミングは分かる。自主規制していたとはいえ、感覚的には大丈夫なはずだった。
 それなのに……。
 腰をちょっとずらし、ベッドの座っていた部分を見てみればシーツは血だらけで、履いていたスエットもひどいことに。
 大失態。
 顔は真っ青だったと思う。
 やばい。

 もう、看護師さんの手を借りなければ事態の収拾はない。
 看護師の手を煩わせたくないと思って行った自主規制で、結果看護師さんを大いに煩わせることになった。
 いや、煩わせたくないと思っていたというよりも、自分が煩わしく思ってただけだ。自分勝手が招いた惨事。反省爆発。

 観念してナースコールした。
 間もなく来てくれた看護師はシーツの惨状を目にするなり、
「大丈夫ですよ〜」
 と涼しい顔で対応してくださった。
 ごめんなさい。頭を深く垂れる。気持ち的には掘った穴に全身をすっぽり入れていた。

 見守られて移動したトイレで着替えし、ベッドに戻った時にはシーツは既に取り替えられ綺麗になっていた。
 ありがとうございます。
 もう、言われたルールはキッチリ守ります。固い決意の中、改めてナースコールし、見守られて歯磨きうがいをすませ、ベッドで静かにその時を待った。

 12時13分。
 数人の看護師がやってきて、ベッドごと私を手術室へと運んだ。

手術室入室と、医師からの声かけ

「怖いですか」
手術室で私を迎えた執刀医がまず声をかけてくれた。
 私はもう、積極的に俎板の鯉をやらせていただきます、の心境で、まさかそんな言葉をかけられるとは思ってなかったから驚いた。
「少し怖いです」
 言って、身体の表面がトロリと溶けた。
 言葉にしてから、怖かった事を自覚した。同時に、「怖い」を言葉で排出したことで身体が少し楽になった感じがした。

たかが切れたアキレス腱を繋ぐ手術。命を左右するような手術じゃない。
 トドロッキーの脳梗塞に手術はなかったけれど、発症後数週間は、極細になってしまった命綱が切れてしまわないことをひたすら祈る日々だった。
 あの時のことを思えば、こんなのどうってことないと思っていた。

 でもやっぱり怖かったみたいだ。トドロッキーの状況と比較なんかしなくてもいいのに、なぜか比較して自分の怖さを押し殺し平気なふりをしていた。自分は平気だと思い込むために、トドロッキーの状況を脳内利用したとも言える。

 執刀医の「怖いですか」の声かけは、私にとって非常に重要でありがたかった。
「少し怖いです」
『少し』なのか『すごく』なのかは問題じゃない。私は怖いと思っていることをこの執刀医に伝えることができたわけで、執刀医が知っていてくれるという安心感が生まれた。肩の力がどれほど抜けたか知れない。

 スタッフのみなさんの手際よい連携で手術台に移るや、いろんな機器が身体のあちこちに付けられ、手術仕様のフル装備にトランスフォーム完了。
 麻酔薬が髄液に注入され、麻酔効果が出てくるのをしばし待つことに。